けもの葬

先週の土曜日のことだ。
同僚の内野さんから「石川君、ちょっと来てくれ。何かデッカイいのが死んでるぞ!」という言葉に、僕は言われるまま内野さんの後を付いて行った。養殖場に入ってすぐムッとする草いきれに交じってひと際異様な腐乱臭に気づくと、内野さんは僕を敷地際のフェンスまで導く。恐る恐る内野さんの肩越しに問題のモノを覗くと、それは子牛大はあろうか、明らかに獣の死骸であった。ここ数日の猛暑で腐乱は激しく目視で何の獣かは判別し難いが、無数に蠢く蛆虫の間から僅かに見える折れ曲がった前脚は偶蹄類特有の二つに割れた爪であった。「これカモシカだよ」思わず確信は得たものの、次の瞬間処理の段取りを想像して二の句が出ない。内野さんは天然記念物だから役所に電話すれば持ってってくれると言うが、公道上の処理でもあるまいに、そう都合よくことが運ぶとも思えない。結局この日二人の出した結論は腐乱臭さへ無くなれば誰も気づかない訳だし、何よりも最悪なものに手を汚したくないという理由から、このまま誰にも言わず知らなかったを決め込むことであった。その後も幾度か養殖場に足を踏み入れる度に鼻を突く異臭を頭から振り払いながら何とかその日は過ごした。ところが折からの台風12号の接近に伴い夕方から風向きは俄かに変わり、山からの風に乗って異臭は駐車場まで鼻を突くようになってくる。これでは流石に従業員はおろか来場客にも判ってしまう。ただでさへ台風対策で生簀の管理に余念が無い筈なのに・・・僕の心は二重の重荷を抱え益々深みに沈んで行く。夜中に一度停電の中、生簀の見回りに来た時には風雨激しかったせいか異臭は感じないままに自宅に帰ったが、その日は結局まんじりともせず朝を迎えたのである。今日はいよいよ天候の回復を待って死骸の処理をしようと心に決めて出勤すると・・・。内野さんの弾んだ声で「石川さんカモシカ無くなってるぞ!」「ええっ!本当?」と更に弾んだ声で訊き返した。確かに昨日在った筈の死骸は跡形もなく消えておりその場を示すように僅かの獣毛が残っているだけである。見てもいないが状況はすぐ察しがついた。あの台風のさなか、森の住人たちが代わる代わる来ては食べ尽くし、軽くなったところで何処かに持ち去っていったに違いないのだ。熊、猪、キツネ、タヌキ、テン、ハクビシン、ありとあらゆる森の住人達と此処ではしておこう。生きとし生けるものの死というごくありふれた自然界の出来事を彼らは食べ尽くすという送り方で葬ったのである。これ程厳粛で合理的な葬送があるだろうか。死骸をこれ以上無い汚辱なモノと受けとめ始末に心悩ましていた自分にガツーンと何処からか鉄槌の一撃を食らった思いがした。嵐の一夜、愚かな人間たちの寝静まった森の中で饗宴と葬送を繰り広げ、台風一過と共に全てを綺麗にしていった彼らに自然の摂理を教えられた思いである。

狸尚庵 亭主