春惜しむ

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梅ヶ島に来て一年半になる。

当初は不便さに新鮮味を感じていたが、今はこれが当たり前になってきた。

もう東京には戻りたくない。

長男という立場上、墓参を兼ねた寺挨拶に年三度ほど上京しているが、あの人と車の多さには何か身体中の“ネジ”という“ネジ”が締め付けられてもう耐えられない。

『住めば都』という言葉がある。『人間(じんかん)至る所青山あり』といった言葉もある。

またある人は『人生は穴から穴への一人旅』とも言った。どれも言い当てて妙だ。

時間を得て、人はものを考えるようになる。来し方を振り返れば考えるいとまさへなく五十年が早過ぎていた。

寝て起きて食べながら適当に仕事などしてまた寝る。こうした当たり前のことで一日が過ぎていく毎日・・・。

必然と“老い”と“死”を考えるようになってきた。

『生』が偶然なら、『死』は必然である。

今、目にしている遠山の姿もおそらくは数万年前と左程に変わってないことだろう。

この一瞬を生きる生き物達の息遣いが愛おしく輝く時だ。

視界に鳶が舞っている。

そう云えば先週庭に植え替えた碇草は根を付けただろうか。ふとそんなことを考えた。

 

“往く雲の山を離れて惜しむ春”

狸尚庵 亭主

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